七夕とお盆は、もともと別々の行事だったのでしょうか。
2026-07-13
ホールのお地蔵さんにお盆飾りをしました
年長児に短冊をお願いし、
水の子・盛米・禊萩(みそはぎ)
きゅうり(馬)・ナス(馬)
を供えました。
この短冊や笹飾りをお盆が始まる1週間前の7月7日に作り、7月16日に笹を燃やします。
これを送り火としていた地域が多いようです。
まさか・・・
七夕が終わったから終わりとしていませんよね・・・
七月七日の七夕。
多くの方は、織姫と彦星が一年に一度出会う日としてご存じだと思います。
七夕の語源については、「棚機(たなばた)」という古代日本の神事に由来するという説が、現在では広く知られています。
棚機とは、神様を迎えるために清らかな乙女(棚機女)が、水辺の機屋にこもり、神様に供える神衣を織る神事です。
その後、中国から伝わった「乞巧奠(きっこうでん)」という星祭りと結び付き、奈良・平安時代を経て、日本独自の七夕文化へと発展したと考えられています。
このような経緯から、「七夕(しちせき)」を「たなばた」と読むようになったという棚機説は、大変重要な説です。
一方で、ここで一つ疑問が残ります。
現在、私たちが行っている七夕飾りは、
・なぜ笹を立てるのでしょうか。
・なぜ五色の短冊なのでしょうか。
・なぜ細長い紙に文字を書くのでしょうか。
・そして、なぜお盆の直前である七月七日に行われるのでしょうか。
棚機説は、「たなばた」という言葉の由来や七夕行事の成立を説明する上では非常に重要です。しかし、現在見られる七夕飾りの具体的な形まで説明するには、もう一つ日本の文化を見てみる必要があるように思います。
それが、お盆の「棚幡(たなばた)」です。
「棚幡」とは、ご先祖をお迎えする精霊棚に立てる幡(はた)のことです。
お盆を迎えるにあたり、
・精霊棚を設ける。
・棚に幡を立てる。
・五色の幡を供える。
・幡には仏様のお名前や経文を書く。
・風になびく細長い幡を供養の象徴とする。
こうした仏教儀礼が、日本では古くから営まれてきました。
写真は、施餓鬼法要で用いる施餓鬼幡(五色幡)です。
五色の幡には、
紫 離怖畏如来
赤 甘露王如来
白 広博身如来
黄 宝勝如来
緑 妙色身如来
という五如来のお名前が記され、餓鬼道の衆生をはじめ、あらゆるいのちへ功徳を回向する願いが込められています。
この施餓鬼幡を見てみると、
・五色であること。
・細長い形であること。
・文字を書くこと。
・風になびかせること。
現在の七夕の短冊との共通点が数多く見られます。
もちろん、「七夕の短冊は施餓鬼幡から生まれた」と断定できるわけではありません。
文化は、一つの出来事から突然生まれるものではなく、さまざまな信仰や風習が長い年月をかけて重なり合いながら形づくられていきます。
だからこそ私は、七夕もまた、古代日本の棚機の信仰、中国から伝わった乞巧奠、そして日本で育まれたお盆の棚幡や施餓鬼の文化、これらが互いに影響し合いながら、現在私たちが親しむ「七夕」という姿になったのではないかと感じています。
願い事を書く短冊も、もともとは「祈り」を形にするものだったのかもしれません。
今年の七夕からお盆まで期間は、自分自身の願いだけでなく、ご先祖や多くのいのちにも思いを寄せる一日にしていただければ幸いです。
多くの方は、織姫と彦星が一年に一度出会う日としてご存じだと思います。
七夕の語源については、「棚機(たなばた)」という古代日本の神事に由来するという説が、現在では広く知られています。
棚機とは、神様を迎えるために清らかな乙女(棚機女)が、水辺の機屋にこもり、神様に供える神衣を織る神事です。
その後、中国から伝わった「乞巧奠(きっこうでん)」という星祭りと結び付き、奈良・平安時代を経て、日本独自の七夕文化へと発展したと考えられています。
このような経緯から、「七夕(しちせき)」を「たなばた」と読むようになったという棚機説は、大変重要な説です。
一方で、ここで一つ疑問が残ります。
現在、私たちが行っている七夕飾りは、
・なぜ笹を立てるのでしょうか。
・なぜ五色の短冊なのでしょうか。
・なぜ細長い紙に文字を書くのでしょうか。
・そして、なぜお盆の直前である七月七日に行われるのでしょうか。
棚機説は、「たなばた」という言葉の由来や七夕行事の成立を説明する上では非常に重要です。しかし、現在見られる七夕飾りの具体的な形まで説明するには、もう一つ日本の文化を見てみる必要があるように思います。
それが、お盆の「棚幡(たなばた)」です。
「棚幡」とは、ご先祖をお迎えする精霊棚に立てる幡(はた)のことです。
お盆を迎えるにあたり、
・精霊棚を設ける。
・棚に幡を立てる。
・五色の幡を供える。
・幡には仏様のお名前や経文を書く。
・風になびく細長い幡を供養の象徴とする。
こうした仏教儀礼が、日本では古くから営まれてきました。
写真は、施餓鬼法要で用いる施餓鬼幡(五色幡)です。
五色の幡には、
紫 離怖畏如来
赤 甘露王如来
白 広博身如来
黄 宝勝如来
緑 妙色身如来
という五如来のお名前が記され、餓鬼道の衆生をはじめ、あらゆるいのちへ功徳を回向する願いが込められています。
この施餓鬼幡を見てみると、
・五色であること。
・細長い形であること。
・文字を書くこと。
・風になびかせること。
現在の七夕の短冊との共通点が数多く見られます。
もちろん、「七夕の短冊は施餓鬼幡から生まれた」と断定できるわけではありません。
文化は、一つの出来事から突然生まれるものではなく、さまざまな信仰や風習が長い年月をかけて重なり合いながら形づくられていきます。
だからこそ私は、七夕もまた、古代日本の棚機の信仰、中国から伝わった乞巧奠、そして日本で育まれたお盆の棚幡や施餓鬼の文化、これらが互いに影響し合いながら、現在私たちが親しむ「七夕」という姿になったのではないかと感じています。
願い事を書く短冊も、もともとは「祈り」を形にするものだったのかもしれません。
今年の七夕からお盆まで期間は、自分自身の願いだけでなく、ご先祖や多くのいのちにも思いを寄せる一日にしていただければ幸いです。


